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いくらでも引けます

カードコミューンが欲しかった

プリズムホーピッシュは持ってたけど

 

わたしは初代プリキュア世代だ。

キュアブラックが大好きで、でもごっこ遊びで人気があるのはいつもホワイトだった。だからブラック枠はいつも空いていた。どことなく寂しかった。だってMaxHeartになってからはルミナスにも人気を抜かれた気がする。わたしの周りだけかもしれないけど。強くありたかった。強くなるための変身とその使命に夢を見ていた。カードコミューンハートフルコミューンも持っていないわたしは、ただ毎週プリキュアを応援した。自身が大きななにかを救っているようで、それが楽しかった。純粋に。

 

裏の白いチラシを探して延々絵を描くような子供だったわたしだが、プリキュアを描くことはなかった。描けなかったのだ。好きなものは描くことができない。なぜなら好きだから。完全であるものを壊すのが許せないから。完成された美しいものを自分の世界に再現できないことが嫌だった。わたしの好きなものはこんな姿ではないから、思い通りにいかないことを呪う。癇癪こそ起こさなかったものの、気を逸らすことで束の間忘れていたに過ぎない。あの頃のわたしは自分の力量の足りなさに常々辟易していた。ペンの先に描かれるのは納得のいかない絵ばかりで、でも幼い観察力では何がだめなのかよくわからない。

それでも、描き続ければいつか理想に近づけると信じていた。繰り返すことがなによりの近道だと考え疑わなかった。成長した今思うことは、二つある。それはあながち間違っていないということと、続けることこそが難しくなっていくということだ。何が違うのか何がだめなのか、分析は嫌というほどできるようになった。その力と同時に手に入れてしまったものは、折れる心だ。あの頃はそれがなかった。そもそも向かい風も衝撃も感じていなかった。心が折れるものであることを知らなかったのだ。

 

語彙と知識が増え、感覚は繊細さを失う。鮮やかさを失くしながらも表現を増やすことで精彩であると錯覚させ、鈍くなる脳みそのどこかを無意識のうちにごまかす。

描きたいものは増え、そのすべてが描けないものだった。

そのうち、自分の考えたものだけを描くようになった。頭の中にある図は誰にも見られない。文句を言われることもなければ間違うこともない。そもそも克明にイメージすることもあまりできていないから、稚拙な描写でも正解だと思い込める。そうやってあれこれ空想をこねくり回すうち、なんとなくできるような気がしてくる。できていなかったことができるようになっているかもしれない。描けなかったものが今なら描けるかもしれない。結果、程遠いものが出来上がる。そりゃそうだ。閉じた世界で遊んでいただけで、そこには何の分析もありはしない。

練習を適切にデザインできなかったわたしは、世界観や自分らしさという言葉に惹かれていく。やがてわたしは既存のものより、自分が創ったなにかを表していたいのだと気づく。未遂に終わった表現の墓標をこの手で立ててやることに意味を見出したのだ。するとどうだろう。今度は自分の頭の中と腕とに齟齬が生まれる。決して乖離しなかったものが乖離し始める。自分の外側と自分の内側との食い違いは知ってきたはずだが、今度は内側に亀裂が入った。痛かった。自身がどこにあるのかわからなくなった。

それでも、痛みを忘れさせてくれるものがある。生活だ。目の前のことを追いかけ日々をすりつぶすうち、何かを創ることなど忘れていく。そんな暇はなくなっていく。

痛みを知り、なにかが折れ、修復の術を知る。そして修復の手間がかからないよう、耐え方を探す。耐えるうちに生活に埋没し、真っ直ぐな努力ができなくなった。気付かないうちに邪魔が増え、生活はかさばり、なにかひとつに没頭することがこんなにも苦しみを伴うことであったのかと驚くのだ。痛みを知らない奴には敵わない。なにより忘れたいのは痛みである。このまま風化させてしまえればどんなによかったろう。どんなによかったろうなあ。

 

(誰からも子供と呼ばれるうちに、走っておけばよかった。いや、走らなかったわけじゃない。でもまだ走れた。もっと走れた。もう走れない。走ることを、暮らしが許さない。本当は今だって走っていきたい。でも生活がある。なにより嫌いなのは御託を並べる自分であるとわかっていながら、また探すのは免罪符ばかりだ。ゆっくり時間をかけて、だめになってきた。よくよく培われたのは表層を繕う技だけで、内側から朽ちるように頽れていく。ひとつの美しい林檎がここにはあるけれど、ずぶりと親指を突き立てれば酸化した果肉と腐った芯に触れる。もう食べられない。全部はったりだ)

 

光の園の話をしよう。

光の園はミップルやメップル、妖精たちの故郷だ。住民たちは希望や正義の心にあふれ、生命の石であるプリズムストーンに守られ暮らしている。しかしドツクゾーンの襲撃によって7つあるプリズムストーンが5つも奪われ、荒らされてしまった。

プリズムホーピッシュは、プリズムストーンを納めておくアイテムだ。わたしはそれを持っていた。ストーンも全て揃っていた。奪還の物語は、もう終わっていたのだ。戦う必要はなかった。幸せを享受して暮らしていけばそれでよかった。許されていた。ここには明るい未来と夢と、輝かしいものが山ほどあったはずなのだ。

しかし行方は定かでない。酷使され電池が抜き取られ歳月が経ち、きっと起動もできなくなっているだろう。

だからわたしは戦わなくてはいけない。再びの奪還に必要なものは、痛みに耐えうる変身である。