スウェットのあなたと出会いたい
白んだ空は朝へ向かい、意識は奇妙に冴えていく。頭の芯だけが急速に冷えて動き出す。充分な休息の後のおだやかな回復ではなく、追い立てられた生き物が見せる極端で一時的な回復に近い。つまり防衛手段である。要は死にかけているということで、たとえ何も考えたくない脳みそでも精一杯のシールドを張るしかない。何も考えたくない。探さなければいけないものも、揃えなければいけないものも。立てなければいけない予定も待ち構えている予定もそのすべてを一旦、弾きだす。頭の外へ。遠くへ。
ごった返した場所が好きだ。
ごった返した家で育ったからだろうか。狭い場所に奇妙なバランスでモノが積んであったり、わけもわからず光る何かがあったりするやつ。カラフルだとなおいい。なんかテンション上がる。クーロンズゲートで水銀屋を見た時若干興奮してしまったのは今でも悔しい。水銀屋は悪くない。でも悔しい。
掃除が苦手で、本当に苦手で、笑い話にするほどできない。小学生の頃も通信簿の「せいりせいとん」欄はがんばりましょう認定だった。がんばりましょう認定とは10段階で言うところの2くらい。だと、思う。実際のところはわからないが、身の回りが相当散らかっていない限りはつかない評価だった気がする。相当、散らかっていたのだ。鉛筆削りはぶちまける、プリントは溜める。さんすうセットは見つからない。さんすうセットが見つからないってよっぽどだぞ。そこそこの体積あっただろあれ。
十二色セットの色鉛筆はなぜかオレンジばかり四本くらいあって、何色を失くしたか忘れたまま補充していた雑さがうかがえる。ないの何だっけ?オレンジだっけ?を四回もやったわけだ。気づけよ。しかしその色鉛筆を今まで使ってきた。なぜってそれで事足りるから。ちなみに失くし続けてオレンジは二本に減った。他の色もきちんと揃えていない。なぜって面倒だから。ある色でなんとかなるんだもの。なんとかしてきたんだもの。さながら適応力選手権の覇者だ。あるいはズボラ峠に棲まう妖怪か。
ゴミ捨ては、する。結構頻繁にやる。ゴミ捨てってあれでしょう、いらないものまとめて捨てるやつ。それならやりますよ。あっても邪魔なものはもちろんあるし。捨てられないものも多いけど、そこには目をつむってもらうとして、それなりにやってますよ。
しかしまあ妖怪的に言わせていただくと、ゴミ捨てまでで気持ちが終わってしまう、というのが正しいのだ。
もともとモノが多いから空間を広くすることを掃除だと思っている節があり、磨き上げたり隅まで確かめたりする習慣がない。そのくせ磨き始めたら執拗にやる。つまり丁寧にやろうとすればキリがない。おまけにわたしは鋼鉄のような粘膜を持っていて埃などによる体調の変化がほぼないに等しいため、生活に影響がほとんどない。だからなんとなく、うっすら汚れていく。全体的に。そして言われるのだ。にれちゃんさあ、掃除ができなくちゃだめだよ? 料理もそうだけど掃除だって家事の基本でしょ。基本的なことができないんじゃ話にならないね、人として。じゃあ台所に一切立たない自慢が甚だしい上弁当5分もレンチンしてマヨネーズ爆発させてたてめえも話になりませんねと思いながらそれでもまあ、そうですよね~と答えておく。自虐と指導と、わたしの従順な態度。円滑ゲージはパーフェクト。ありがたく思えよ、あの時の殿方。争いごとは嫌いなんだ。
でもなんとなく腹に据えかねて一念発起し、至る所をピカピカにしてみる。すると久々に、そこが汚れていたことに気付く。 はじめて見たような気がする床の一角と、かつての毛並みを取り戻したラグ。ここってこんなにきれいだったの?まじかよ。なんかごめん、と、空間に謝る。謝罪は虚空に消えていく。
でも結局整えられたところにいると落ち着かなくて、やっぱりだめで、どれだけ片付けてもわたしのいる場所は雑然としていく。それはもうあっという間に。瞬く間に。過ごす空間も心の中も、まったく同じように。散らかり、埃が舞っていく。劣化という名の最適化がなされていく。そう、これは最適化だ。やむなし。もう一度寝転がってぼんやりと、天井を見つめた。
朝日の射す部屋。目をこらせば見えてくる、七色の塵あくた。他の一切は動くのをやめ、息をひそめて、それを見ている。時が止まったような気がする。なぜだろう。ゆっくりとただようのを、ただ、眺めている。
きれいに丁寧に過ごす人が、羨ましくないわけじゃない。どこをどう切り取られても絵になる生活をもしできるのなら、きっと誰だってそうしたい。でもできないじゃん。無理じゃん。やれてる人がいるなら、すげえなって思うけど。
わたしはわたしの裁量で、こだわりと妥協を配合して生活をつくる。家というか巣というか、帰るに値する日常をつくる。それでいいはずなのだ。どんな空間にも精神にも、蜘蛛の巣は張るのだから。ごった返していたっていい。整っていなくてもかまわない。ドン引かれるのももう慣れたから。振り落とすつもりで明るい街を走ればいい。煌々と輝くネオン街にやさしさと治安を同居させて。わたしはわたしの街で生きるだけだ。とことん自分勝手じゃ居場所がなくなってしまうけど。折り合いなんて適宜つけていこう。この混沌から、歌は生まれる。この寂しさから、歌は生まれる。